研究内容
1. CCR4-NOT複合体によるグローバルな遺伝子発現調節の解明
当研究室では、CCR4-NOT複合体によるグローバルな遺伝子発現調節に関して研究を行っています。ゲノムワイドなRNAi transgenic fly libraryを用いた大規模なin vivo心不全スクリーニングにより、心機能調節遺伝子のシステムマップを作製し、その結果、CCR4-NOT複合体を新しい心機能調節因子として同定しました(図1)。
CCR4-NOT複合体は、酵母変異体の解析でグローバルな転写調節因子として単離され、山本雅教授(OIST, 理研)らの先駆的な研究によりmRNAの脱アデニル化(mRNAの分解)に重要であることが知られています。一方で、私たちのCNOT3欠損マウスにおける心不全の解析からヒストンのアセチル化などエピジェネティックなクロマチン構造の制御が重要であることが新たにわかりました(Cell 2010)。すなわち、CCR4-NOT複合体はmRNA代謝とエピジェネティック制御とを結びつけるグローバル遺伝子発現調節因子であることが考えられます。
最近さらに、私達はCCR4-NOT複合体内のデアデニレース分子によるグローバルなRNA分解が心臓の恒常性維持に重要であることを見出しました。RNA分解と核酸代謝、細胞内分解系などの生体システムとの相互作用に焦点を当てて、CCR4-NOT複合体のRNA分解による生体の恒常性維持機構の役割、意義の解明を目指して研究を進めています。近年のゲノム改変技術の革新により高効率、省時空間の遺伝子改変マウス作製系が実現可能となったことから、生体でのダイナミックなシステム相互作用を迅速に検証するシステムを構築しています。心疾患のみならず癌や感染症での病態発現におけるCCR4-NOT複合体の機能破綻のメカニズムを解明することにより新しい治療薬の開発につながることが期待されます(図2)。
2. レニン-アンジオテンシン系の新しい生理機能の解明
レニン-アンジオテンシン系(RAS)の新規分子であるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)は、アンジオテンシンIIをターゲットにすることによりRASを負に調節しています。私共は、ACE2がSARS(重症急性呼吸器症候群)ウイルスの生理的なレセプターであることを世界に先駆けて見出し、ACE2がRASを負に調節することによりARDS/急性肺傷害における急性炎症を阻止することを明らかにしてきました(Nature 2005, Nat Med 2005)。さらに、ACE2の新規ターゲットペプチドApelinの生理的意義の解明 (Circ Res 2007)、ACE2蛋白によるアミノ酸トランスポーター発現制御機構の解明 (Gastroenterology 2009)、ならびに新規ACE2相互作用蛋白の同定に取り組んできました。
ところで、ApelinはACE2の基質であることがわかっていますが、Apelin系とRAS系の相互作用には不明な点が多く残されていました。最近私共はApelin KOマウスの心臓についてRAS系の発現解析を行ったところ、ACE2の発現レベルがApelin KOマウスにおいて著しく低下していることを見出しました。アンジオテンシンペプチドのメタボローム解析から、Apelin KOマウスでは血漿中のAng 1-7ペプチドの発現量が低下していることが分かり、同時にACE2活性が下がっていました。そこでAng IIの1型受容体(AT1R)とApelinの二重遺伝子欠損マウス (AT1R/Apelin double KO)を作製したところ、圧負荷のApelin KOマウスにおける心機能低下はAT1R/Apelin double KOにおいて有意に改善され、ACE2の発現上昇と相関していた。重要なことにAng 1-7をApelin KOマウスに投与したところ、Apelin KOマウスの心機能低下が改善されました。また、培養細胞での発現解析やレポーターアッセイから、ApelinがACE2のプロモーター活性を上昇させてACE2の発現を制御することが分かりました。さらに、圧負荷のAT1R KOマウスにApelinペプチドを投与したところ、Apelinは野生型マウスと同様にAT1R KOマウスの心機能を改善し、ACE2の発現を上昇させたことから、ApelinがAT1Rと独立にACE2を制御することが示唆されました。これらの結果からApelin系とRAS系の2つのシステムをACE2が共役させることが初めて明らかになりました。今後Apelin-ACE2-Ang 1-7経路が新しい治療法の開発につながることが期待されます(JCI 2013)。